COLUMN

~宮地陽子のGO FOR 2020~海外日本代表候補選手奮闘記
米バスケ名門大で注目の今野紀花。語学の壁を越え、その先の領域へ。

NCAA屈指の名門ルイビル大でルーキーイヤーながらコーチの評価が高い今野紀花。大学4年間での活躍に期待したい。


 今野紀花が聖和学園高校を卒業し、アメリカ・ケンタッキー州にあるNCAAの強豪ルイビル大に来てから半年余が過ぎた。

 日本を出て、家族から遠く離れ、まわりに日本人がいない大学に入る道を選んだ一番の理由は、彼女の好奇心だった。日本より高いレベルのバスケットボールに惹かれ、他の国のバスケットボールを知りたいという思いが、今野に海を渡らせたのだ。

「自分の興味の部分もあるんですけれど、ほかの国のバスケットボールを勉強したかった。アメリカは強いので、どうやってバスケに取り組んでいるのかなって興味があって来ました。それが大きいです」と今野。

 その言葉を聞いて、思わず「好奇心が旺盛なんですね」と言うと、間髪をいれずに「はい」と答え、「みんなは絶対にしないと思う」と言った。

 高校2年の頃から、エレナ・デレドン(現WNBAワシントン・ミスティックス)など、アメリカの選手やチームの映像を動画サイトなどで見るようになった。アメリカ行きを考え始めた頃だ。最初は、まるで別世界だと思ったという。

「今、ここ(ルイビル大)にいるから、それが普通に見えるんですけれど、来る前はもう、どんだけボコボコにされるんだろうって思っていたんです。身体能力や手の長さ、ポストのプレイヤーの大きさとか(笑)。全然違うと思った。自分がそこにいることが、想像できなかったです」


■「私たち、みんなノリカが大好きなのよ」

 そんな世界に飛び込んで半年。今では、まるでずっと前からそこにいたかのように溶け込んでいる。

「来てみたら、やっぱり上手くなりたいと思って。バスケットをしてるのは同じだし、コーチとの信頼関係が大事だったり、頭が使える選手が起用されたり、ハードにプレイすることが何より大事だったり、そういったことはアメリカでも同じだった。来て少し時間がたってから、能力でやってるっていうアメリカに対するバイアスがとれたおかげで別世界とは感じなくなりました」と笑う。

 心配だったという英語でのコミュニケーションもスムーズで、自然にあいさつし、練習中にはチームメイトに励ましの声をかけ、コーチやスタッフともコミュニケーションを取り、笑顔でまわりを魅了している。

「私たち、みんなノリカが大好きなのよ」

 取材でルイビルを訪れている間に、何度そう言われたことか。コーチやスタッフはみんな今野の魅力を語りたくてしかたないようで、口々に「あの試合ではこんなことがあった」「この試合ではこうだった」と話し始める。すばらしい仲間に恵まれた今野は、国境の壁も、英語の壁も、ひょいと乗り越えて新しい世界で自分の居場所を着々と築き始めているようだ。

■単なる言葉のコミュニケーション以上の理解を。

 もっとも、今野に言わせるとまだうまくいかないことだらけなのだという。

 英語は当初よりだいぶ理解できるようになった。それでも、まだルイビル大ヘッドコーチのジェフ・ウォルツのバスケットボールを完璧に理解できるほどではないと明かす。英語でのやり取りも慣れてきたとはいえ、まだ自分が言いたいことを完全に伝えることができず、後から振り返ってフラストレーションを感じることも度々だという。


「コーチが言っていることを、最初のほうは『聞けているかも』と思っていたんですけれど、うまくプレーできないなって感じ始めてからは、やっぱり理解できていないなって気づいて。途中まで、それに気づいていなかったんですよ」と、シーズン序盤のことを振り返る。

 つまり、今野がやろうとしているのは、単にコーチの言葉を聞き取ることではなく、言葉を通して、コーチがやろうとしているバスケットボールを理解することだったのだ。

■今野の秘密兵器は「ノート」。

 英語が母国語の選手にとっても、決して簡単なことではない。チームのスタッフからも「コーチ・ウォルツは話すのが速いし、頭がいいし、いくら英語がわかっている人でも、1年からやりたいバスケを理解するのは難しいよ」と言われたという。そう言われても、安心したり現状に満足するわけではないのは、自身でも“完璧主義”と認める今野らしいところだ。

「コーチのバスケを理解したかったら、言っていることをちゃんと理解しないと、コート上でも目的をもってプレーできない。こういう考えでやっているんだなっていうのを知りながら、バスケしたい。そのほうがもっと面白いと思うので」と、意欲的だ。

 そこで、理解するための秘密兵器を用意した。ノートだ。1月半ばに膝の故障で試合に出られなくなったこともあり、その間に少しでも理解を深めようとメモを取ることにしたのだ。

 実際、試合中の今野は、試合を見ながら、熱心にノートに何やら書きこんでいる。

 これには、ウォルツ・コーチも「彼女は本当にバスケットボールを学び、知りたいと思っている」と感心した。

■「起こったことを全部メモしてます」

 いったい、試合中に何をメモしているのだろうか?

「まずは、起こったことを全部メモしてます。それをやっていると、誰がどういう特徴を持っている選手かとか、誰がどういうところで貢献しているかとかが、ただフィルムを見るだけより頭に入ってくる。あとは新しいセットプレーをやったときに、その目的通りにできているかとかもチェックできるようになった」と今野は説明する。

 タイムアウト中にコーチが話していることもメモするようにした。試合に出ていたときにはわかったつもりになって聞き流していたようなことも、今は、もっと正確に理解できるように、ベンチでチームメイトに再確認していると言う。

 そうやって書いたメモは試合の後に寮の部屋に戻ってから必ず読み返している。試合の映像を見返すときでも、ノートに書いたことを思い出しながら見ることで、自分のやるべきことに対して、より理解が深まったという。

 実は、メモを取ることは日本にいたときからやっていたことだったのだという。

「毎日じゃないですけれど、この問題あるなぁと思ったところは書き留めるようにはしていました。でも、同じノートじゃなくて、気づいたら、授業中のノートとか、紙切れとかに書いていたので……。書くことは自分にとってけっこういいことだなと思います」

■「1日、1日ここで過ごしていることが楽しい」

 アメリカの大学で選手と学生を両立させることは簡単ではない。それでも、毎日の時間を自分で管理して、どちらもできる限りのことをやるという毎日が楽しくてしかたないという。

「1日、1日ここで過ごしていることが楽しい。何だろう。自分で全部マネージメントすることが、今、一番楽しいことかなと思います。目標とか、そのためにやることとか、生活のことも全部自分でやらなきゃいけないし。あとは英語を少しでも調べて覚えたりとか。勉強のほうも自分で頑張らないといけないし。それで成果が出たときとか嬉しいし。もちろん、バスケットも楽しいですけれど、バスケ以外でも色々学ぶことがあります。大変だけど、なんか楽しいなっていう感じです」

■「コーチとの関係や距離感が違うんですよ」

 今野にインタビューしている途中で、コーチ・ウォルツが満面笑顔で横を通りかかった。

「彼女はアメリカでは僕の娘。うちの長女なんだよ。彼女から日本語を習っているんだけど、『あまりうまくない』と言われてしまうんだ」と笑う。アメリカのコーチに多い、気さくで熱血漢なタイプのコーチだ。


 試合や練習中は厳しくても、いったんコートを離れると選手たちとジョークを言い合い、まるで、友達か家族のようだ。最初は今野も、日本ではなかったようなコーチとの近さにも戸惑ったという。

「コーチとの関係や距離感が違うんですよ。それも自分の中で難しくて。家族みたいになるんで。親みたいに、(選手との間の壁を)突き破って自分の中に入ってくるんですよ。高校のときは、いい意味でも悪い意味でも、コーチとあんまり喋らなくてもよくて、ある程度の距離感があったけれど、こっちは、つらいのがすぐにバレるし、顔に出たらバレるし、呼ばれるし。話させられるし。選手がふざけていじっても、コーチは笑っている。信頼関係ができているからこそなんですけれど。

 最初は躊躇というか、引いてしまったんですけれど、今はパパ。本当に尊敬しています」

■評価された、バスケットボールIQが高いところ。

 そんなコーチ・ウォルツの今野に対する評価はかなり高い。ルイビル大は、全米ランキングでも現在6位という強豪校。当然、入ってくる選手たちは選りすぐられた精鋭ばかりだ。そのなかで、今野は、故障離脱するまで1年生ながらに試合に出て、ローテーション入りしていた。

「ノリカがこっちに来て練習するようになってすぐ、これなら試合で使えるとわかった。3オン3とか、色々なドリルをやっていたときに、よくフロアを見ることができていた。次のパスがどこに行くべきなのかがわかっていた。それには、とても感心した」とウォルツ・コーチ。

 その前に映像で見ていたときから感じていたボールのハンドリング能力や、シュート力。そして、何よりバスケットボールIQが高いところは、今後に向けて何よりも楽しみなところだと言う。

 シーズンが開幕してからも、その実力を再確認したことがいくつかあった。そのひとつが開幕して約1カ月の11月30日に、当時全米ランキング1位だったオレゴン大と対戦した試合だ。今野は控えから17分出場し、6得点、2アシストをあげてチームに貢献。全米ナンバーワン選手の呼び声も高いサブリナ・ユネスクともマッチアップしている。

「あの試合でのプレーを見て、彼女がNCAAの最高峰のレベルでもできるとわかった」とコーチ・ウォルツは振り返る。

 今野に、サブリナ・ユネスクとマッチアップした感想を聞くと、意外な答えが返ってきた。

「正直言うと、日本人のほうがつきにくいなって思ったんですよ」

■「チームでベストプレイヤーの1人になる可能性が」

 ユネスクが対戦しやすかったというわけではなく、対戦するのは大変だったという。

 ただ、それは自分がアメリカのバスケットボールに慣れていないからだと、今野は言う。

「普通に違うだけで、それにまだ慣れていないだけなので。やっぱり違うバスケだし、評価される部分も違うし、できる部分とできない部分がまったく違う。そういう違いをすごい感じました。こっち(アメリカ)で評価される部分もできるようになって、日本で評価される部分もできるようになったら、完璧だと思う」

 ウォルツ・コーチは、今野のことを「チームでベストプレイヤーの1人になる可能性がある選手」と評した。

「ノリカは毎年上達していき、このチームにとって、とても重要なメンバーになれると思っている。チームのリーダーになれると思っている。彼女のことをみんなが尊敬しているんだ。いつでも全力でプレーしているから、チームメイトのリスペクトを勝ち取ったんだ。それはリーダーとして一番大事なことだ。4年になるときには、うちのチームでベストプレイヤーの1人になる可能性があると思う」

 今野に、コーチのその言葉を伝えると、目を丸くして「そう言っていたんですか? 嘘だ~」と言った。

 そう言った後で、ふと、チームメイトたちがいつもポジティブで、自信を持ってやっていることを思い出し、こうつけ加えた。

「自分が今、3ポイントシュートが全然だめで、そういう(悲観的な)頭になっていて。でも、ダナ選手(ダナ・エバンズ/3年生ガード)とかジャズミン・ジョーンズ選手(4年生ガード)とかが、『自分がフレッシュマン(1年生)のときは、本当にシュート打てなかったし、1年に7本しか決めていないよ』とか、『パーセンテージ(成功率)は練習していくごとに上がっていくんだよ』って言ってくれて。みんな、めちゃめちゃポジティブなんですよ。同じフレッシュマンの子も『自分のことは誰にも止められない』とか言ったりするんです。

 これから自分がどうするかに全部かかっているという考え方のチーム。なので、自分もポジティブに練習します」


■「出せばやってくれるだろうって思われるような選手に」

 それでも、今野自身の4年間の計画は、もう少し堅実だ。

「今年はまず学ぶ。膝のせいで経験できない時間もあるんですけれど。

 来年(2年)はいい選手が入ってくるので、試合に出ないとちょっとまずいかなっていう感じになるので、積極的に、それこそミスを恐れず、コーチのバスケを学びながら、どんどん力をつけていく。

 最終的にはやっぱりスタートで(試合に出場する)。コーチ・ウォルツは、4年生とか3年生をリスペクトするコーチだと思うんですよ。経験積んで、バスケをわかっているからなのかな。だから、そういう選手になりたいです。3年生、4年生のときには、コーチから『自分のバスケットをわかってくれているし、出せばやってくれるだろう』って思われるような選手になって、チームの中で貢献したいです。4年間はやりきって、(4年間ルイビル大で過ごしたことに)意味をもたせるためにはもちろん結果も残さないといけないと思うので。コーチに信頼されて、コート上で結果も出せる選手になりたいです」